作家への起点(小学生~中学生編)

あの日、運命が動き出した

中学生のとき、『バクマン。』に出会い、僕は作家になりたいと思った。

でもそれは、急に湧いた夢じゃない。

ずっと前から自分の中にあった衝動に、名前がついた瞬間だった。

誰もいない家と、静かなリビング

小学生の頃、学校から帰ると家はいつも静かだった。

玄関を開けても、「おかえり」はない。

ランドセルを放り投げる音だけが、やけに響く。

両親は共に経営者で忙しかった。
兄弟は年が離れていて、部活で遅い。

当時はそれが普通だったし、寂しいという感情と出くわした記憶もない。

ゲームは禁止。やることはない。

テレビをつけても、自分の見たいアニメがいつもやっているわけじゃない。

だから僕は、待つのをやめた。

自分で作ることにした。

原点はごっこ遊び?!

今でもよく驚かれるが、僕の創作意欲の原点は孤独から生まれたごっこ遊びだ。

単なるごっこ遊びではない。そこに物語が介在した。

ワンピースのルフィと、ドラゴンボールの悟空を戦わせる。

自分が好きだった孫悟飯になって、フリーザとナルトのサスケと戦う。今で言うIFストーリーを幼稚園の頃からやっていた。

一人で、全部やる。

声も変える。動きも変える。シーンも作る。

変なこだわりも強かった。ご都合主義が嫌いだった。未だに、魔人ブウの倒し方が分からない。

気づけば2時間、3時間経っている。

無我夢中になりながら、本気で戦っている。

あれは“ごっこ遊び”と呼ばれていたけど、
自分の中では違った。

あれは、世界を創っていた時間だった。

現実より、頭の中の世界のほうが濃かった。

友達と遊ぶのも楽しかった。学校に友達も多かった。中心にいることも多かった。
でも正直に言うと——

自分の世界に没頭している時間のほうが、圧倒的に楽しかった。

そこには制限がなかった。

表の顔と裏の顔。

クラスの中心にいた僕は、ごっこ遊びが好きという自分を隠しながら生きていた。

寂しさから生まれた承認欲求

普段の学校では、クラスの中心にいたかった。

目立つのが好きだった。それはおそらく、寂しいという感情が心のどこかで眠っていたからだ。

自分の世界に行けないときくらい、誰かと一緒に居たい。

自分の世界に囚われていたのも、誰かと一緒に居たかったのかもしれない。

孤独や寂しさから生まれた承認欲求が、必死に僕の穴を埋めようとしていた。

中学生まで野球もやっていた。

ピッチャーだった。

マウンドに立つと、世界が自分中心に回る。

静まるグラウンド。
キャッチャーのミット。
バッターとの一対一。

あの時間は好きだった。

でも今なら言える。

チームの勝利というより、自分がどれだけ目立つか、どれだけ活躍するかが重要だった。

主役でいたかった。

「自分がすごい」と言われたかった。

全国大会の決勝で、完全試合、6イニングで18奪三振。

同じ年齢のピッチャーが、1球も前に飛ばさせない。

あの瞬間の感情は、悔しさというより、衝撃に近い。

「え、こんなやつおるん?」

そして次に来たのは、冷めた直感。

「あ、プロになるやつってこういうやつや」

そこで、心が折れた。

まだ小学生だったのに。

本当は努力すれば何か変わったかもしれない。
食らいつけばそちらの道があったかもしれない。

でもしなかった。

そこまで理想がなかったから。

どんな選手になりたいのか。
どんな未来を掴みたいのか。

描いてなかった。

だけどその時が、新しい自分の道が開けた瞬間でもあった。

中学で腐る

中学に入ると、
周りより少し上手い自分がいた。

そこで満足した。

「あ、サボってもいける」

そしてサボり始めた。

努力しなくなった。

これは自分の悪い癖。

相対評価で安心する。
環境がぬるいととことんぬるくなる。

泥臭くなれない。お山の大将で満足していた。

本気になりきれないでいた。

バクマンとの出会い

そんなときに出会ったのが『バクマン。』だった。

中学生になっても、頭の中では物語を作っていた。

でも、それは痛いことだと思っていた。

恥ずかしかった。

でもバクマンと出会って、価値観が変わった。

これは痛い遊びじゃない。創作なんだ。

あの瞬間、救われた。

「俺、このままでいいんや」

痛いごっこ遊びが、創作に昇格した。

野球で挫折し、ぽっかり空いた穴をそのまま埋めるように。

生き様に憧れた

バクマン。で刺さったのは成功シーンじゃない。

徹夜。
ネームの書き直し。
編集にボロカス言われる。
それでも机に向かう姿。

あの泥臭さ。

あれを見て、胸の奥がざわついた。

たぶん、自分にないものだったから。

僕は没頭するのは得意だった。
でも、継続して本気で戦うのは苦手だった。

だから思った。

「こんな生き方、めちゃくちゃかっこいい」

寂しさだったのか?

正直に言うと、当時は寂しいと思っていなかった。

むしろ、一人の世界が一番楽しかった。

でも今振り返ると、あの静かな家、あの一人の時間がなければ、作家になるという明確な夢を持って生きることはきっとなかった。

寂しさだったのか、ただの妄想癖野郎だったのか。

まだ分からない。

でも一つだけ確かなのは、

あの時間があったから、あの挫折があったから、今の自分がいる。